不器用すぎな新人トラック運転手の末路

黒い企業からの脱出

不器用すぎな新人トラック運転手の末路

彼は、厳しかった。


何故なら

トラックの荷台すら開けられなかったからである。

マッスルボディのスーパールーキー参上!

高見さんは

期待のスーパールーキーだった!


見るからに力のありそうな

ガッシリした頑丈そうな身体。


大人しそうながら

芯の強そうな目つき。


そして何より

前職が建設業という事で

力仕事であるトラック運転手として必要なものを

全て兼ね備えているようだった。

この人は、大丈夫だ!「仕事楽しい!」

これ言える新人さんは、大丈夫!「仕事楽しい!」

経歴は

申し分なかった。


高見さんの

新人教育係は

息クサの彼だったが

たまたま休みだったので

初日は私が代理で教えた。


初日なので

トラックの助手席に乗せて

あれこれ雑談をして緊張を解きほぐしながら

仕事の流れを覚えてもらい軽く納品などもしてもらった。


私の所見では

器用ではないかもしれないが

ちゃんと教えれば

「普通に出来るようになる。」なという印象だった。


初日の終わりに

「今日は、いかがでした?」

と聞いたら

「時間がたつのが早く感じる。」

「楽しかった!」

と言ってくれた。


「この人は大丈夫。続きそうだな。」

胸をなでおろしたのだった。


が・・・

教え方ド下手な指導係に

翌日から

担当の息クサ君の指導が始まった。


彼は

教え方がヘタクソで有名だ。


何も知らない新人ドライバーに

初日から

1から10まで全てやらせてしまう。


普通の人は

あまたが混乱して訳が分からなくなる。


高見さんは

覚えがいい感じでなかったので心配だったが

すっかりパニック状態になっていたようだ。

トラックの扉が開けられない

荷台が開けられないと、仕事にならないんだよね・・・

高見さんはまず

トラックの荷台を開けられなかった。


これは

一気に全てをやらせようとする

息クサ君の指導法も大いに問題アリである。


ところが

高見さんは

丸一日荷台の開け閉めだけを練習させても

まだ扉を開けられないという致命的な欠陥を持っていた。


パニックなのか?

超絶不器用なのか?

ただのアホなのか?


少なくとも

2~3日たっても

トラックの荷台を開けられなかったのは

後にも先にも高見さんだけだった。


高見さんの覚えの悪さは

これだけではなかった。

荷物を1箱ずつしか運べない

最低、2箱は持てないと・・・


高見さんは

荷物を1つずつしか運べない人だった。



戦車のような頑丈そうな身体と

建設業出身の経歴は素晴らしかったが全くの非力なのだ。


少ない箱の数で

スピードでカバーするやり方もあるが

少なくとも1箱ずつでは

まずもって時間に間に合わない。


「さすがに最低2箱は、持ってください。」

と言うと

最初は2箱ずつ運ぶのだが

5分もするとすぐに忘れて1箱ずつの納品に戻ってしまうのだった。


女性ドライバーだって

2箱は持っていたんだから

スーパールーキーの高見さんにできない筈はない。


でも

すぐに1箱納品になってしまう。


よく分からなかった・・・

一生懸命はやっていた

しかし

少なくとも高見尾さんは

一生懸命になってやっているのは分かった。


少なくとも

私なら間違いなく

きちんと仕事を仕込んで

一ヶ月で独り立ちさせられる確信があった。


あの程度の不器用さなら

何人も独り立ちさせた経験があるからだ。


どんなに不器用でも

覚えが悪くとも

一生懸命さがあれば私の手にかかれば

誰でも仕事なんかできるようになるのだ。


つうか

他の人の教え方がヘタクソすぎるだけだ。

心身ともに疲れ果てて

疲れ果てていた・・・

だが

高見さんは

すっかり疲れ果てているのが傍から見ても分かった。


顔に元気がないし

師匠の息クサ君とも目も合わせないし口も効かない。


ああなってしまうと

もう人間関係の構築は不可能だ。


そろその

私の出番だと思った。


ちょうど

その時が近づいていたころ

折よく

息クサ君が有休をとったので

私が1日だけだが研修担当になった。


私は

研修前日に高見さんに挨拶に行った。


「明日は私が担当するので、よろしくお願いしますね。」


あの時の

高見さんの目が今でも忘れられない。

パッと明るくなった顔

パッと明るく光った高見さんの顔が最後となった・・・

高見さんの目が

キラリと光ったのを私は見逃さなかった。


顔が一瞬でパッと明るくなって

ホッとしたような

嬉しそうな顔に変わったのだった。


息クサ君の

無駄に厳しい新人指導に

すっかり疲れ果てていたのだろう。


心身ともに限界だったのかもしれない。


そのタイミングで

思いがけず私が担当になって「ホッ」としたのだろうと思った。


だが

高見さんの顔を見るのは

これが最後になってしまったのである。

たった2週間での退職・・・

高見さんに挨拶をして

わずか1時間ほどしたとき

何かスッキリしないなと思った。


さらに30分すると

体がダルさを感じるようになった。


それから30分もしないうちに

身体が痛くなってきた。


明らかに体調が悪くなっていくのが分かって

会社に電話した。


「積んだ荷物は、責任もって納品するが、明日はたぶん無理。」


滅多に体調を崩さない私なので

尋常でない体調不良で

翌日は仕事ムリ

つまり高見さんの指導はできないと思った。


結局

インフルエンザになっていて高見さんは別の人が研修した。


高見さんは

私の代わりの人が1日教えた後、そのままお辞めになられた。


会社に入って2週間だった。

私が教えていれば・・・

私は

今でも高見さんを思い返すことがある。


今頃

どこで何をされているだろうか?


そして

私がインフルエンザにかかって休んだ時

私が高見さんを教えていたら

高見さんは辞めずに済んだのではないだろうか?


確かに高見さんは

覚えは良くなかった。


荷物を1つずつしか運ばなかったし

荷台を開けられなかった。


しかし

私の手にかかれば

高見さんは間違いなく独り立ちして

きっと今でも月20万円を稼げていたはずなのだ。


私がインフルエンザに罹ってしまったばっかりに

高見さんを天国から地獄へ叩き落すような形になってしまった事を

未だに悔やむことがある。


あの時の

高見さんのパッと明るくなった顔

ホッとしたような嬉しそうな目を今でも忘れることが出来ない。


私は

頑張る人を絶対に見捨てないのだ。


高見さん

別の仕事でがんばっていてくださいね☆☆☆


「おもろかった!」

「為になった!」

「アンタ苦労したのね。」

「ホンマモンやね。」

って思ってくださったアナタ。


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